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カテゴリ:健康( 4 )

 

腫瘍摘出手術

腫瘍摘出手術からちょうど一か月が経ちました。顔のど真ん中に3cm弱の傷が出来ましたが、だんだんと腫れも引き、赤く盛り上がったところも小さくなったような気がします。それでも3か月間はテーピングをしていなければならないということです。手術開始45分前までに来るように言われ, 到着したのは1時間ぐらい前でした。やはり顔にメスを入れるということで緊張していました。手術前のチェックが終わると、手術着に着替えました。手術室には何も持っていかれないということで、スマホも本もロッカーの中にいれて、待合室で待っていました。30分ぐらいすると恐らく私の後に手術をすると思われる女性が来ました。そしてそのあと一人の男性が来ました。時間を見ると、予定された手術の時間は過ぎていました。私は手持ちぶさたで後から来た二人を見ると、二人ともスマホの画面をじっと見ていました。その時「あっそうか!手術室にいくまでは何をやってても良かったんだ!」と気が付きました。「じゃあ私も」と思い、ロッカーにいきかけたところで、名前を呼ばれました。

初めて入る手術室は、良くドラマで見る重たそうな扉の向こうにいくつもの部屋がありました。中には何人ものスタッフがいました。後で聞いたところによると、なんと12の手術室があるということでした。その手術室がいっぱいになるということで、毎日一体何人の人が手術をしているのだろうかと思いました。

私の手術は局所麻酔で、頬に注射をして、手術は始まりました。執刀医の先生は形成外科の女医さんです。
目を見て丁寧に説明してくださり、信頼できる先生だと思いました。手術の時間は30分ぐらいだったでしょうか?無事に終わりホッとしました。

ここの病院にはいつも自転車で行きますが、注意書には、手術当日は車の運転はもちろん、自転車もダメだと書かれていました。天気予報によるとその日は荒れ模様になるということだったので、夫に車で送ってもらうつもりでした。でも予報がはずれお天気になったので、歩いていくことにしました。帰りは迎えにきてもらうつもりで、手術が終わったら電話をし、病院の入り口で夫を待っていましたが、日差しが強かったので日陰に移動しました。ところがそこは蚊がすごかったので、また元の所に戻りました。待てども待てども夫は来ません。再度電話をしたら、何とまだ家にいました。何ということでしょう!夫は行くとき歩いて行ったから帰りも歩いて帰ってくると思った、というのです!ひどい話です。

手術から一週間後抜糸をし、病理検査の結果も出ていました。悪性のものではないということでまずは安心しました。

by mako-oma | 2019-08-02 11:08 | 健康 | Trackback | Comments(0)  

皮膚ガン?

7月2日、私は生まれて初めて手術を受けました。顔にできた腫瘍摘出手術です。皮膚ガンの疑いがあるということでした。本当は、6月20日に決まっていたのですが、6月末は連日スケジュール帳が埋まっており、それも1年に一度の会とか、めったに会えない友人たちとの集まりだったりとかで、出来ればキャンセルしたくないと思いました。皮膚科の先生にご相談したら、1日でも早い方が良いというものではない、ということだったので、それならば、ということで延期していただきました。お陰で「日本酒とじゆんさい鍋を楽しむ会」にも同期会総会にも出席することが出来ました。「日本酒とじゅんさいを楽しむ会」は、渋谷駅のホームで偶然小学校のクラスメートに会って誘われました。「日本酒飲める?」「うん、大好き」ということからでした。同期会総会は、2年後に大学卒業50周年を迎えるので、それに向かっての会でもありました。毎年楽しみにしていることがあります。友人からいただく一冊の本です。彼女とは大学時代は学部も違い、全く接点はありませんでした。この同期会で知り合ったのです。彼女のお父様は有名な推理作家だったこともあり、彼女の中には明らかにそのDMAが存在しています。その本のタイトルは、”〇〇いろのひとりごと”です。「今年は何色のひとりごとかなぁ?」と楽しみにしています。また今回は残念ながら練習不足で出演できませんでしたが、「山下伶クロマチックハーモニカ発表会」を聴きにいくこともできました。皆さんレベルを上げられ、すごい!と思いました。出演者も過去最高!発表会が終わると、徳永先生と伶さんのコンサートです。徳永先生の”シューベルトのセレナーデ”、お二人の”チャルダッシュ”。もうしびれました。20日に手術をしていたら、聴けなかった!本当に良かったです。
手術のことは次回に詳しく…


by mako-oma | 2019-07-08 11:36 | 健康 | Trackback | Comments(0)  

人生初体験

明けましておめでとうございます。今年は私もいよいよ古稀を迎えます。70年に及ぶ私の人生の中でこんなことは初めてでした。大晦日と元旦、二日続けて救急に飛び込みました。

12月22日から27日まで、長野に住む娘家族が来ていて、 帰った途端喉が痛くなったのですが、28日午後から3日まで クリニックがお休みになるので、ギリギリ28日の午前中に行って 薬を処方してもらいました。ところがそれが全然効かず、 日に日に喉の痛みは激しくなり、大晦日の夜、救急診療をしているところに飛び込みました。 待合室には5~6人の人が待っていました。診察室から出てくる人は、ほとんどの人が待合室で5~6分待たされ、再び中に入っていきました。そして、その後、看護婦さんからインフルエンザの薬を処方されていました。そうか!私は今、インフルエンザ菌の真っただ中にいるのだ!と思いました。それでも、とにかくこの激しい喉の痛みから一刻でも早く解放されたいという思いで、じっと座って自分の番が来るのを待ちました。ようやく呼ばれ、診察室の中に入り、診察を受けたのですが、喉はそれほどでもないから、連休が明けたら歯医者か耳鼻科に 行くように指示され、解熱鎮痛剤をもらって帰宅しました。そんな!処方された炎症止め、去痰剤、解熱鎮痛剤、ちゃんと飲んでいるのに、とにかく、口も開けられない、 唾を飲み込んでも飛び上がるような痛みで、保冷剤で首を冷やさなければならない くらい熱を持っているのに何もないわけないでしょ!と思いました。 とても休み明けまで待てないので、元旦早々、ネットで調べた耳鼻科に行きました。 そしたら、「こりゃ、ひどい。そりゃ、痛いでしょう。あぶなかったですよ」と言われ何が危なかったのか わかりませんでしたが、抗生物質を出してくれたので、それを飲んでようやく 少し落ち着きました。 まだ完全に回復とはいきませんが、70歳という年齢を思い知らされたお正月でした。


by mako-oma | 2019-01-06 10:59 | 健康 | Trackback | Comments(0)  

虫垂炎

9月16日(日)深夜、突然の腹痛に目が覚め、シクシクでもキリキリでもなくお腹全体が痛み、その後は朝まで眠れなかった。朝になると痛みは右下に集中してきた。咄嗟に「これは盲腸!」と思った。父は若い頃盲腸から腹膜炎を併発し、生死の境をさまよい、お花畑を見たそうだ。それでもこちらの世界に戻って来た。娘は、スペインのコスタ・デル・ソルに到着早々お腹が痛いと言い出し、地元のドクターが診にきてくれたが、英語が全く話せない人で、差し出した英語の辞書で”盲腸炎”を指さした。そして、隣町に病院があるからそっちへ行ってくれと言った。隣町といっても地図にも載っていないような田舎町である。そもそもその旅行は私達が計画したものではなく、友人が行けなくなったというので、引き受けたものだった。だからどんなところなのかも余りわからずに来てしまった。「こんな田舎町で手術なんてことになったら大変!一刻も早くデュッセルドルフに帰らなければ。」という思いで帰りのフライトを探したが、安いチケットは週末に帰る便なんてない。仕方がないので、イベリア航空のノーマルチケットを手配した。私達は夜明け前の暗い道をマラガ空港に向かって車を走らせた。そのうちに太陽が昇ってきた。その間にも娘は苦しそうだった。飛行機に搭乗する際には、「何があっても責任は私達がとる」ということを約束させられた。そしてドイツに戻り、親しくしている日本人医師のもとに直行した。その結果、盲腸炎ではなかった。本当に良かった!
今でも思い出すとぞっとする。そんな訳で、私は盲腸炎と聞くと恐怖に襲われる。とにかく診てもらわなければと思い、東京医療センターの救急外来を受診した。休日の病院はひっそりしていた。しかし、救急外来の中には待っている人が沢山いた。かなり待たされようやく診てくれたのは若い呼吸器科の先生だった。血液検査に尿検査、レントゲン検査の結果、白血球の数値がかなり高く、炎症反応を示すCRPもかなり高い値を示していた。 その後点滴をされ、更に造影剤を注射してCTをとると言う。ちょっと待って!私造影剤ダメなんですが!いろいろあってその日は帰宅。翌日の月曜日は”敬老の日”。何事も起らないことを祈った。緊急入院ということになっても良いように入院準備は整えた。というのは、友人が突然入院することになった時、ご主人にバスタオルを持って来てもらうように頼んだところ、何と犬のバスタオルを持ってきた、という話を思い出したからである。翌連休明けにかかりつけのドクターのもとへ。そこで再度血液検査。白血球の数値は少し下がっていたが、CRPは逆に上がっていた。そして紹介状を書くので医療センターの消化器科に行くようにと指示された。翌日私は紹介状を持って再び医療センターに行った。受付で、「今日の先生は代行の先生で、普段は外来に出ていない先生なんですがいいですか?」と聞かれた。えっ~?いいですか?と言われても…嫌です、と言っても良いのだろうか?やはり若い男の先生だった。そして三度目の血液検査。結果は白血球は正常範囲に、CRPは下がってはいたが、まだ正常範囲にはなっていなかった。たまたまその二日後に医療センターで腹部超音波の検査が入っていたので、一緒に盲腸のところも診てもらうことになった。その結果と再度の血液検査をするために翌週再び来るように言われた。そして結果を聞きに行った。今度は信頼出来そうな女の先生だった。再度の血液検査の結果は正常範囲に戻っていた。結論としては、軽い虫垂炎だったようだ。その週の週末には台湾旅行が控えていたので、抗生物質と鎮痛剤が処方された。こうして10日間の盲腸騒ぎは終わった。日本列島には猛烈な勢力を持つ台風24号が近づいていた。

by mako-oma | 2018-10-04 20:47 | 健康 | Trackback | Comments(0)