再び斎藤隆夫

三か月程ブログの更新をさぼっておりました。この間ブログを開けることさえせずに、気が付いたらもう三ヶ月が経っていました。恐る恐る”マクーマの部屋”を覗いて見ると、この間にも何人もの方々がここを訪れてくださっていました。ありがとうございました!
斎藤隆夫に関する記事としては一年ぶりです。一年前、諸事情によって古い新聞記事をブログに掲載することをあきらめざるをえなかったことは、本当に残念なことでした。

さて「再び斎藤隆夫」ということで、皆様方に森まゆみさんの書かれた「暗い時代の人々」斎藤隆夫(上)斎藤隆夫(下)をご紹介したいと思います。


斎藤隆夫(下)は、ちょうど一年前、安全保障関連法案が、参議院の特別委員会で可決されたのと同時にネット上で公開されたものです。
「齋藤隆夫の名前を語り継ぎたい」という言葉を発見し、感動しました。一人でも多くの方に齋藤隆夫の名前を知っていただいて、そういう思いを持っていただけたら、「斎藤隆夫を知ってもらう会」代表としてはこの上ない幸せです。

ぜひお読みいただいて、コメントをいただければ嬉しいです。

[PR]

# by mako-oma | 2016-09-20 15:05 | 斎藤隆夫 | Trackback | Comments(0)  

この一か月の出来事(2)

帰って来て3日ほど東京におりましたが、その後名古屋方面に車で出かけました。いきなり直行するときついので、途中また山小屋で1泊してから行きました。これは、夫の友人グループ結成50周年の記念旅行で、8組の夫婦とシングル二人の計18名という人数になりました。メンバーの一人が名古屋に住んでいるので、彼の近くということで、メインの宴会は鬼岩温泉になりました。その前にゴルフをやる人は一日早く行って、彼の所有する古民家で、囲炉裏を囲んで飲んだり食べたりで盛り上がりました。翌日のゴルフは、週間予報では雨だったので、もう流れると思っていました。予報通り8時半のスタート時には雨が降っていましたが、ゴルフ場のスタッフは雨雲の動きを見せながら、「9時にはやみます」と断言しました。その言葉通り、9時には雨はやみ、30分遅れでスタートしました。途中霧で何も見えないホールもありましたが、キャディーさんの言う通りに打ったら良いところに落ちてくれました。ここは彼が所有するゴルフ場なので、きっと優秀なキャディーさんがついてくれたのでしょう。一緒に回った方々は、皆さんレベルの高い方々で、私なんかが一緒に回ってはいけないのではないかと思いましたが、そんなこと全然ありませんでした。最高に楽しかったです!   つづく
[PR]

# by mako-oma | 2016-06-05 14:17 | 交流 | Trackback | Comments(0)  

この一か月の出来事(1)


5月はほとんど東京にいることなく過ぎてしまいました。この間に長女夫婦が隣に引っ越して来ました。次女家族が住んでいた後に、急遽引っ越すことが決まったのは4月半ばのことでした。それまで10年間住んでいたマンションの更新をした直後でしたが、メリット、デメリットを考えた上での決断でした。連休中に引っ越すということで、引越まで一か月もありませんでしたが、無事に落ち着きホットしました。
その間私達夫婦はどこにいたかというと、標高1350mの山の上にいました。4月初めに行った時に水を開け、もう寒くはならないだろうということで、そのままで帰ったところ、ボイラーがやられてしまい、到着早々修理を頼み、バタバタと大変でしたが、何とか直って一安心。これが交換ということになると、また出費もかさむのでやれやれです。築30年の山小屋ですので、行けば必ずトラブルがあります。向うでは恒例のテニス大会と懇親会に参加したり、友人を招いてお茶をしたり、何よりもそこからそう遠くないところに移住した次女家族の新居を訪問し、孫たちとたくさん遊べたことは幸せでした。そしてこの時新たに我が家の庭に作ったのは、散乱している木の枝を燃やす穴です。始めはブロックで作ろうと思ったのですが、庭を見れば大きな石があるではありませんか。これを利用しようということで作り初め、穴の周りに置く石も庭を歩き回ったらゴロゴロしていました。完成したのがこれです。

a0335656_19504630.jpg
                                     つづく             



[PR]

# by mako-oma | 2016-06-03 19:54 | 家族 | Trackback | Comments(0)  

横浜日独協会

そもそも東京都民の私がなぜ横浜日独協会の会員になったのかをお話したいと思います。
2011年7月2日、横浜日独協会設立記念音楽会がフェリスホールで開催されました。
その4か月前、東日本大震災が起こりました。岩手県一関市にある児童養護施設「藤の園」も建物や地面に亀裂が入り、とても住めるような状況ではなくなりました。
そこの園長先生は私の知り合いのドイツ人シスターでした。私は周りの友人・知人に呼びかけ、建物再建のためのご寄付をお願いしました。横浜日独協会でもこれにご協力をいただき、この日のコンサートの売り上げから「藤の園」へのご寄付をいただきました。その後例会にシスターをお呼びして、被災地のその後を伺う機会もあり、そんなご縁から私も横浜日独協会のお仲間に入れていただくことになりました。

横浜日独協会の活動はとても活発です。特に若い人を育てようという取り組みは、素晴らしいことだと思っています。フランクフルト独日協会との交流により、高校生作文コンテストを開催し、最優秀者2名をドイツに派遣し、ドイツからも2名の高校生を受け入れています。横浜日独協会ヤングクラブが設立され、先日、日独ユースフォーラムが開催されました。日独の若者41名が参加して、日本とドイツの教育や就職、また恋愛事情などについて語り合いました。また、横浜ーフランクフルト両地域の中小企業ニーズへの支援協力プロジェクト等の活動もしています。ハンブルク独日協会との協力プロジェクトもあり、ハンブルク桜の女王来日の際にはハンブルク独日協会会長も同行されました。
これらの取り組みは、会長はじめ役員の方々のご尽力のたまものです。すごいことだと思っています。



[PR]

# by mako-oma | 2016-04-26 22:51 | 交流 | Trackback | Comments(0)  

ハンブルク桜の女王 

4月15日(金)ハンブルクからの桜の女王を迎える会が横浜日独協会で執り行われました。
横浜市とハンブルク市は同じ港町として姉妹港提携を結んでいます。約50年前、両港の親善を記念して日本から桜の苗木が贈られました。それ以来ドイツからは「桜の王女(プリンセス)」日本からは「桜の女王(クウィーン)」が一年おきに相互訪問していました。昨年からドイツ側の呼び名が"Prinzessin(王女)から"Königin"(女王)に変わったため、今回は「第1回ハンブルク桜の女王」ということになりました。初代桜の女王に選ばれたLaura Gräwert さんは、1年間日本の大学に留学経験があり、見事な日本語でご挨拶をされました。その後、懐かしいドイツの歌"Ein Prosit"を合唱し、"Ein zwei drei super!"の掛け声で”Prosit!" そして歓迎会が始まりました。会員のソプラノ歌手の方が、ドイツの歌、日本の歌、素敵な歌声を聞かせてくださいました。最後には、桜の女王と一緒にハンブルクから来られたドイツ人男性が飛び入りで、"Trink, Trink, Brüderlein trink"を歌われ、いつの間にか出席者の皆様一緒に腕を組み、大きな一つの輪になっていました。








[PR]

# by mako-oma | 2016-04-25 13:50 | 交流 | Trackback | Comments(0)